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広島高等裁判所 昭和31年(ツ)17号 判決 1957年2月20日

上告人 被控訴人・被告 藤田哲夫

訴訟代理人 田坂戒三

被上告人 控訴人・原告 熊谷やす子

法定代理人 熊谷フジ子

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

本件上告理由は別紙記載の通りである。

上告理由第一点について。

相続回復請求権は、相続によつて取得した財産上の地位の回復を請求し得る権利であつて、その行使の方法として、真正相続人は表見相続人に対し包括的に侵害せられた地位の回復を請求することもできるし、また自己が真正の相続人であることを理由として相続財産を組成する個々の財産の取戻を請求することもできるのである。成立に争のない乙第一号証及び弁論の全趣旨によれば、八重簡易裁判所昭和二九年(ハ)第四号土地建物所有権移転登記抹消登記手続請求事件)以下単に前訴と略称する)において、被上告人は自己が訴外亡藤田繁美に対する認知請求訴訟の確定勝訴判決により同訴外人の唯一の相続人となつたことを理由として上告人が同訴外人の相続人としてその遺産たる本件建物につきなした相続による所有権取得登記の抹消登記手続を請求したところ、同裁判所は相続開始の時における被相続人(同訴外人)の普通裁判籍所在地の裁判所に被上告人の相続権回復を求め又はこれと併せて相続財産である本件不動産に対する上告人の所有権取得登記の抹消を請求するは格別、被上告人の相続回復請求権を行使することなくして単に上告人の本件不動産に対する相続による所有権取得登記の抹消を求める被上告人の請求は民法第八百八十四条の規定に基く請求とは認め得られないから、その請求はその余の争点につき判断するまでもなく到底失当であることは免れないとし、被上告人の請求を棄却し、その請求棄却判決が昭和二十九年十二月二十七日言渡され、そのまま確定したことを認め得る。その後昭和三十年五月十六日提起せられた本訴において、被上告人は自己が同訴外人の唯一の相続人であることを主張し相続回復請求権の行使として、表見相続人たる上告人に対し上告人のなした本件土地建物の相続による所有権取得登記の抹消登記手続を請求しているのである。ところで、前訴における被上告人の請求も、相続回復請求権の行使としての右登記の抹消登記手続請求に外ならないから、前訴と本訴とにおける訴訟物が同一であることは所論の通りである。しかし、前訴において八重簡易裁判所は、被上告人の前示請求が相続回復請求権の行使に当らないとの誤つた前提の下に、被上告人の請求を失当として全面的にこれを棄却した以上誤まつて訴却下の判決をなした場合と同様、訴訟物たる前記登記請求権の存否につき判断がなされていないからといつて更に同裁判所において追加判決をなし得る余地は存在しないのであるから、同裁判所が請求の一部につき裁判を脱漏したものとはいえず、前訴は右判決の確定により終了したことは明らかである。所論の如く右判決を目して中間判決と認めることのできないのは勿論、同裁判所が請求の一部につき裁判を脱漏したものということもできない。従つて、前訴はすでに終了し、八重簡易裁判所に係属していないのであるから、本訴の訴訟物が前訴のそれと同一であつても、本訴につき民事訴訟法第二百三十一条にいわゆる二重訴訟の禁止の規定の適用せられないことは明らかである。論旨は結局独自の法律上の見解に立つて原判決理由を攻撃するものであつて、理由がない。

上告理由第二点について。

確定判決は主文に包含するものに限り既判力を有するのであるが、主文の文句は簡単な場合が多いから、既判力の客観的範囲を定めるに当つては、判決の事実及び理由を参酌する必要がある。訴却下の判決は、訴訟物たる権利関係の存否につき判断しないのであるから、その存否につき既判力を生じないことは明らかであるが、請求棄却の判決においても、その判決理由において訴訟物たる権利関係の存否について実質的に判断せられていない場合には、その権利関係の存否につき既判力を生じないものといわねばならぬ。前訴において、八重簡易裁判所は訴訟物たる相続回復による前記登記抹消手続請求権の存否について実体的に判断することなく、被上告人の請求が相続回復請求権の行使に当らないということを理由として被上告人の請求を棄却しているのであるから、前訴の請求棄却の確定判決は訴訟物たる前記請求権の不存在につき既判力を生じないものと解すべきである。従つて、前訴の確定判決の既判力が本訴に及ばないものとなした原審の判断は相当であつて、論旨は採用し難い。

よつて、民事訴訟第四百一条、第九十五条、第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 植山日二 裁判官 佐伯欽治 裁判官 松本冬樹)

上告代理人田坂戒三の上告理由

一、被上告人は本件訴訟提起前八重簡易裁判所へ上告人を相手取り本訴と同一の請求趣旨原因を基調として所有権取得登記抹消登記手続請求訴訟を提起し昭和二十九年十二月二十七日請求棄却の判決を受けたが控訴することなく確定した。その後昭和三十年五月十六日再び本件訴訟を提起したから上告人は重訴禁止の原則違反ありとして抗弁した(昭和三十年十月二十五日付準備書面第一参照)。第一審は右抗弁を容れたが原審は前訴における判決は権利保護要件欠缺を理由に棄却判決したもので本案の登記請求権存否の判断は為さないものであるから此点に関しては既判力を生ずるものでないとして差戻判決を為された。尤も既判力なき所以については直接詳説するところはないが顧ふに相続回復請求権の行使は侵害者に対してその排除を求めねば民法八八四条の権利保護要件を欠くとの見解に立つてこの一点において請求を蹴去した前訴判決は、その本案である登記請求権の存否については判断していないから既判力は生じないとの説であろうと了承する。若しそうだとすれば二重訴訟禁止の原則に抵触することは詢に明白である、何んとなれば、審理未了のものは仍未だ前訴の裁判所に繋属すと為さねばならないからである。又確定判決の既判力は主文に包含するものに限るが、その主文を会得するためには理由に挙げられた判断を参照援用して了解することも差支えないと考へるものではあるが裁判官において法を正解しなかつた結果その実判決の理由には実体判断をしながら爾かも権利保護の要件を欠くとの独自の見解を掲げ積極的違法を作出するに至つてもその違法が主文中に包含せられるものと解すべきではなく従つて此点についての既判力は是認せらるべくもない。そこで本件前訴の判決は一種の中間判決乃至は裁判に脱漏ある判決と看るの外はない。その何れの見解に立つも既判力の範囲は前段に指摘したと同様審理未了の部分を残存せしめているのである。所詮前訴は仍未だ前訴の裁判所に繋属すとの結論を出づるものではないと信ずる。依つて原判決は民訴第二三一条一九五条の法令違肯あり破毀すべきものと思料する。

二、前訴判決は当事者の主張する事実並法律関係について是否の認定を尽されたことは何人も了解し得るところと考へる唯偶々法の誤解により独自の見解を織込み他の判断を為すまでもないとして棄却判決を為されたに過ぎない。そこで法の誤解に座すとするならば当事者は不服申立により是正を求め得べく裁判所は言渡後一週間内に変更判決を為すことが出来る。それにも拘らずそれをしないで期間を過し当事者がその裁判に服するならばそれでもよいのである。然しながらその結果として判決は確定する。最早や之と同一の訴訟を提起することは出来ない。即ち既判力を生ずるのである。斯様に確定判決となつた以上これを変更するには再審あるのみと思ふ。本件被上告人は前訴の裁判に対し控訴せず服した。之と同一な請求の趣旨、原因を以て被告を同じくする訴は是認すべきではない。然るにこれを許容し第一審に差戻す旨の判決を為した原判決は違法たるを免れない。破毀必至なりと信ずる。

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